協力隊になって、1年が経ちました。1年後の3月25日に日本に帰国します。
なりたかった協力隊になれて、私はただただ嬉しかったです。

でも、なりたかったぶんの想いで頑張れてるかなって思うと、
自信をもってyesって答えられない気がします。

一人で頑張ることの難しさ、
自分をコントロールする大変さ、
人間関係を優先してストレートに想いを伝えられないもどかしさ、
少し諦めてしまう部分もあって、活動がなぁなぁになってるのが正直なところです。

最近そんな日々を過ごしていましたが、とりあえず今日は細かいことは置いといて、この1年を振り返ってみたいと思います。

同期がブログで写真で振り返る1年って言うのをやっていたので、わたしもやってみます!!

2018年3月26日

2ヶ月半の訓練を終えてようやく協力隊になれました。
そして10代のころからの目標?夢?も叶いました。
大学を卒業して、社会人を数年して、東京の生活が居心地よすぎて、
もういいやって思ってたけど、再チャレンジしてよかったです。

まさか2度もエジプトに来るなんて思ってなかったけど、
19歳の時にPEACE BOATで訪れたカイロに戻ってきました。
街の印象は、ごちゃごちゃしてる、全てが茶色、車が古い。
11年経っても街はそのままでした。

行きの飛行機でアラビア語が読めたり、
ドバイの空港スタッフに自分のアラビア語が伝わった時は
めちゃくちゃ嬉しかったです。

4月 

語学学校がスタート。
私のほかに3人の同期がいますが、2人は先に仕事がはじまったので、
もう一人の同期と一緒に勉強。

アラビア語をアラビア語で学ぶ授業ですが
素敵な先生に出会って、暗記じゃなくても問題が解けるようになって、
アラビア語で質問できるようになって、ほんと授業が楽しかった!

ただ進む速さと、ノートとる量は半端なくて追いつくのが大変でした。

生活はドミトリーで共同生活。
休みはみんなで観光に行ったりして楽しい日々でした。

5月 

1ヶ月半の語学訓練もおわり、いよいよ一人暮らしと、配属先で仕事がスタート。
授業とは違う、なんかリアルなエジプト人のリアルなアラビア語に疲れる日々。
でも配属先の人たちは英語がかなり上手でどうしても英語での会話になってしまいました。
それは今も同じ状況で、語学の伸びに悩んでいます。
これはどうにかしないと。

そして、仕事に数日いったところで、ラマダンがスタート!
イスラム教徒は断食します。
普段とは違う街の様子、日中はどこも飲食店が閉まってて、街も静かでした。

先輩と語学学校の先生のお家で、ラマダンのご馳走を食べたのが思い出♪

仕事中は同僚に気を使って、断食したけど、
水を飲めなかったのは超つらかった!
今年もあの時期がやってくる〜。

6月 

ラマダンもあけてやっと普通の日常がスタートした感じでした。
みんなも通常業務に戻りました。

ただ、ラマダン明けとともにワールドカップが始まり、
エジプトは30年ぶりにW杯にでて、街が騒がしかったです。
先輩たちと家の目の前のおじさんが集うカフェでサッカーを応援しました!

仕事は先輩隊員が帰国してから私が来るまでに溜まった仕事を
ただひたすらこなしていました。

7月 

ハルガダに住んでる先輩隊員が帰国するので、隊員みんなでハルガダへ旅行にいきました!
初めての紅海、ダイビング、美味しいご飯、とっても最高でした。

そしてシニアボランティア含め、
協力隊のみんなと濃い時間を過ごしたのも、とてもいい思い出です。

ハルガダから戻ってすぐ、配属先でプレゼンをしました。
プレゼンの出来が超よかったので、
配属先所長と上司からかなりお褒めの言葉をいただき、
配属先での自分の立ち位置も確立できた気がしました。

ただ、その後特にそのプレゼンの内容を実行に移せてなくて、
それが超後悔です。
プランニングも大事だけど、
どうやって実行するか、この後だれを動かすかなど
プレゼンのその先、どうするか練っておくべきでした。

そして残念なことに、すごく信頼していた同僚カリームが辞めてしまって、
本当に本当に悲しかったです。
やめるって聞いたときはショックのあまり、職場で号泣しました。
普段泣いたりしないから自分でもびっくり。
これからいっぱいいろんな時間を一緒に過ごせると思っていたのに。
自分のことしか考えられないエジプト人が多い中、
カリームは気を使って色々声をかけてくれたのが嬉しかった。

あと、ゴミの街、マンシェットナセルに初めて行ったのも7月。
ここでの関わりはのちに大発展をとげました。

8月 

とにかく毎日暑くて疲れてました。
同僚カリームがやめてしまって、他の同僚とどうコミュニケーションをとったらいいのかわからず色々ストレスでした。

そんな日々のストレスを発散するべく連休で同期でヨルダンへ!!
エジプトを抜け出してリフレッシュ!!
ヨルダンは同じ中東なのに、エジプトの30年先をいく、というか、ヨルダンの時間軸は日本と同じでした。
エジプトが30年、いや、4,50年前の日本って感じです。
ワディラム砂漠でのキャンプに、ペトラ遺跡、世界にこんな場所があるなんて!!という感動の連続でした。

9月 

2回目のマンシェットナセルの訪問。
そこで、この街を舞台にしたドキュメンタリー映画の主人公アダムに出会いました。
この彼が後にすごい奇跡を起こします。
そして私のエジプト生活もこの彼のおかげで色々広がることができました。

仕事は初めてカイロの郊外にある支所に行きました。
このエリアは貧困層が多いのですが、実際に配属先が支援してる支援者に会うことができ、今までみていたカイロとは違うカイロをみることができました。

自分が制作するフライヤーの素材を撮影しにいったのですが、
やはりデザインにおいて写真素材の重要性を痛感。
日本にいたときはお客さん任せだったけど、
これからは素材一つ一つにこだわる仕事したいなと思いました。

10月

マンシェットナセルのアダムに再会して、マンシェットナセルのことを詳しく聞きました。
ゴミを集めて生活してる人のこと、マンシェットナセルの町のこと、アダムの人生のこと。

プライベートはヨガスクールに通い始めました。
なんでもできるのが首都のいいところ。
素敵な先生にも出会えて、今はこのヨガレッスンに行くのが日々の楽しみです。

ただ、大家さんから急な連絡があって、11月に引っ越ししなければならなくなりました。
一生懸命掃除して、やっと家に慣れて来たのに
また一から生活を作り直すのがしんどいと思いましたが、
しょうがないです。

こういう時はエジプト人がよくいう言葉
マーレイシ(気にしない)
を自分に言い聞かせるしかないのですね。

11月

ハルガダにダイビングのライセンスを取りに行きました。
3日連続で潜るのはしんどそうだったので、先ずは2日潜って残りは後日にしました。
ハルガダの海は本当に綺麗なので、日本の皆さんにすごくお勧めしたい!!

ダイビングから戻った翌々日に新しい家に引っ越しました。
引っ越し当日JICAと大家さんが契約の件でもめ、
3時間くらい契約に時間がかかった気がします。
一からまた掃除しなくてはならず、とても大変だったけど、
今度の家は静かでよく眠れるので引っ越してよかったです!ラッキー!

12月

シャイマーっていう新しいライターさんが配属先にやってきて、
この子ととても気があったので仕事にもいろんな希望が見えてきました。

私がやりたいことにも色々賛成してくれたし、
彼女自身能力があるので、それをやってくれる感じだったし、
実際やってくれた。

あと、カイロのオペラやバレエのシーズンになって、
オペラを観に行きました。
なんと600円くらいでオペラが見れちゃうっていう!!
日本みたいにおめかししてお出かけするのがすごく楽しかった♪

配属先メンバーとみんなで日帰り旅行にもいきました。
みんなのベストショットを取るべく写真撮影に奮闘。
スマホがない、セキュリティーのおじいちゃんには
写真屋さんで印刷した写真を渡しました。
めちゃ喜んでくれた。
こういう笑顔をみせられると、しんどくても頑張れそうです。

1月

ハルガダに戻って、ダイビングの続きをして、
無事にライセンスがとれました。
2019年はダイビングを楽しめそう!!
ただインストラクターと手をつながないと恐怖。笑
ちなみに年中入れるハルガダの海ですが、極寒でした。

職場は工事が入って、2週間くらい仕事できる状態じゃなかったです。
行ってもネットが通じなくて仕事ができない。
無理すぎて、家で仕事するって行って、家に帰ってました。

大使主催の新年賀詞交換会に隊員代表で参加し、大使にご挨拶しました。
こんな経験ができるのもJICAのおかげです。

そして、奇跡が起きて、マンシェットナセルで出会ったアダムが、
紹介した日本のプログラムに合格して、2月に日本に研修にいくことになりました!!
彼、凄すぎる。

仕事は残念なことに色々期待していた、ライターのシャイマーが辞めてしまいました。
ごめんねって言われたけど、もっと仕事したかったけど、
私はシャイマーに会えてよかったからそれで十分。

写真はインタビューをしているシャイマー(緑のヘジャブ)

2月

日本から初めてのお客様がいらっしゃいました。
WEBスクール時代の先生とお父さんがカイロに来て、街を案内しました。
この低レベルなアラビア語でも案内できた喜び。笑
何より遠い日本からわざわざ会いに来てくれたのが嬉しかったです。

そして、先生が日本で企画している戦争を体験を継承する継ぐ展のお話を
タハリールの未来アカデミーで行うことができ、
多くのエジプト人にお話を聞いてもらうことができました。

仕事は、1年の中で一番充実??忙しかったです。
半年くらい準備していた、カンファレンスがようやく開催され、
そのために準備してきた、色々な制作物がやっとやっとお披露目。
これについては後日詳しく書きたいです。
とにかくほんとに大変でした!!

アダムは10日間の研修を終え日本から帰って来ました。

忘れられないファンタスティックな経験だった、
ほんとに推薦してくれて超ありがとう!!

って言ってくれました。
彼が努力して、有能な人間だったからこうしてチャンスを自分でつかんだのだと思います。
あと、2月は忙しかったのにも関わらず、
アレキサンドリアやルクソールにも旅行に行きました。

3月

ちょうど1年ということで、中間報告をしました。
報告内容はブログに書いた通りちょっと悔いが残る内容でした。
来年の自分に期待しましょう!!

プライベートで関わってる組織は、他の協力隊のおかげでいい感じに活動をすすめています。

沢山の子どもたちがいろんな経験をして新しい世界をみれたらいいなって思ってます。

次の1年、どんな人にであって、どんな経験をできるか、
もっと自分の心をオープンに、フットワーク軽くしていきたいです。

最近なぁなぁになってしまってる活動も、もう一度気合い入れ直したいなと思います。